夏の合宿で、合宿所は田舎の方にあって、緑の濃い山がすぐそこ、っていう場所だから朝晩はすごく気温が低くて、それでつい窓を少し開けたまま寝ちゃった。それはとても反省してる。いくら辺りに民家がないからって滞在してるのは私だけじゃないし、安全を考える意味でも窓を開けたまま寝てしまったのは確かに私が悪い。
だけど、だからって、なんでそこに忍び込んできて、ベッドの中に潜り込んできてるのこの人。
は目の前でスヤスヤ寝ている清田の顔を握り潰してやりたい衝動に必死で抗っていた。こんなんでも今年の海南の大事な戦力、今年運動部全体で3人しかいない特待枠、それは潰したらもったいない。
いくら同学年のマネージャーで、既に同学年の部員が二桁切りそうになってて、スタメンと新入りパシリマネージャーっていう部内ヒエラルキー格差があるからって、女の子が寝てる部屋に窓から侵入してきてベッドに潜り込むとか、正気じゃない。しかもしっかり同じ肌がけにくるまって、腕まで絡ませてきている始末。
まあ、元々この清田信長ってのは、お前ほんとに高校生か? デカい小学生じゃないの? と思うようなところもあって、人懐っこくて甘ったれで誰にでも愛想が良くて……っていうそういう人だけど、これはさすがにやりすぎなんじゃないの。もし私が悲鳴を上げて監督のところまで逃げていったらどうするつもりだったんだろう。
そんな苛立ちを感じていたの脳裏にニカッと笑う清田の笑顔が浮かぶ。
「はそんなことしねえって知ってるから」
図星だよバーカ。びっくりしたけど呆れて逃げ出す気力もないし。
それにしても、なんで私の部屋の窓の前なんか通りかかったんだろう。今、朝の6時半だけど既にぐっすり寝てるし、一体いつからここにいたんだ。私は一体何時間こいつの腕ん中で寝てたんだろう。ていうか何も違和感は感じないけど、何かされてないよね……? キャミとショーパン1枚だけど……
なんとなくだけど、私はこいつにいつもからかわれてる気がする。女子マネっていいかも、と安易な動機で入部してきて毎日ヘトヘトになってる私をバカにして、からかってる気がする。中学時代も彼氏なしで過ぎちゃって、高校入っても女子マネなんかやり始めちゃったから彼氏の見通しが絶望的だな、なんて、よく笑われてるし。
でも、だからって、こういうのは、どうなの?
……そりゃ清田はこの海南に選ばれて入ってきたエリートみたいなもので、背が高くて、指が長くて、睫毛も、長くて――
ほんとに何のつもりなんだろう。夏休みに入る前、たまたま帰りが一緒になって、初めてのIHだけど絶対優勝して帰ろうぜって言い出して、その時は私もテンション上がってて「よーし、頑張ろう!」って拳をぶつけ合ったりしたけど、その直後に同じクラスの女子にワーッと囲まれてヘラヘラ笑ってたじゃん。
それから4日しか経ってないっていうのに……
私なら勝手に触ったりしても怒らないって、思ってる。私が、清田のこといいなあって思ってるの、知ってるんだ。
だからって、こんなの。なんか腹立ってきた。私の気持ち知ってるくせに、勝手なことばっかり。
は清田の腕の中でそっと頭を上げて少しだけ体を起こす。清田は起きない。夏なのにひんやりした空気がつま先を撫でていく。は息を殺し、そのまま首を伸ばして顔を近付けた。
寝てる間に、勝手にキスしてやる。ばーかばーか。ざまーみろ。
はそのままたっぷり10秒は固まっていた。どうしても出来ない。こんな風に一方的にキスしても、何にも嬉しくない。幸せになんかなれない。清田が気付いても気付かなくても、もう二度とこれまでと同じように彼を見られない。そう思ったらじんわり目が熱くなってきた。なんで私泣きそうになってんの。
だが、ふわりと立ち上る清田の香りに、は目を閉じて前髪の垂れる額にキスを落とした。
バカ、バカ清田。
「……なんで唇にしてくんないの?」
その声には目を開けて飛び退いた。清田がぱっちり目を開けている。
「ずっと待ってたのに、おでこはないだろ」
「ちょ、あ、嘘……」
逃げようとしたは腕を掴まれて引き戻された。また目の前に清田の顔が迫る。
「い、いつから、起きて」
「いつも朝走ってるから習慣で目が覚めてさ。走ろうと思って外出たら、窓開いてるんだもん」
清田の長い指が頬をするりと撫でる。の背中にぞくりと痺れが走った。
「ここの部屋じゃん危ねーなと思って近付いたら……お姫様が寝てるじゃん。声かけたら起きるかな~と思ったんだけど、疲れてぐっすり寝てるからさ、起きるまで待ってようかと思ったんだけど……手の中に、指を置いたら、赤ちゃんみたいにぎゅーってするもんだから、可愛くなっちゃって」
いつの間にかは清田に抱きすくめられていた。顔が燃えるように熱い。
「……が目を覚ました時から起きてたよ」
「……意地悪」
「なんでよ。てか、キスしようとしたんじゃないの?」
「そ、それは」
「……しないの?」
「しなっ、私、別に、そんな」
「じゃあオレがしていい?」
「……なんでよ」
「えっ!? なんでって、そりゃ、ほら、だからその」
ごにょごにょと口ごもっていた清田だったが、の肩を掴むと、体を起こして覆い被さった。
「それは、が好きだから」
「……嘘」
「嘘なんか……嘘ついてるのはの方だろ」
「わ、私は嘘なんか」
「さっきキスしようとしたじゃん。やべーやっぱりもオレのこと好きなんだって、嬉しかったのに」
「じゃあ、すればいいじゃん」
言うなりは口を塞がれて息を飲んだ。肌寒かった全身が一気に熱くなる。
「……今度は、の方から、してよ」
は腕を伸ばし、清田の頭を引き寄せてキスした。もう、何も考えられなかった。
END